《刻刻kokukoku》の由来
- ひとのこと
- 2019年8月6日
- 読了時間: 5分
こんにちは
最近文章書いてなかったけど、やっぱり言葉で表現するの好きだな。な、ひろきですー。
刻刻について思ってること書きました。お付き合いください。
【肩の力がうっかり抜けてしまうと最近話題の《刻刻kokukoku》の由来】
この夏に新たな事業として、ときのすみか《刻刻kokukoku》という会員制のコミュニティスペースをオープンした。
それまで「こどもの学校」として保育事業を行なっていたスペースを大幅にリフォーム。
あったもの、ジモティ、リサイクルショップ、そしてDIYを駆使して、情緒のある落ち着いた空間ができてきた(まだまだ進化する気満々)と自負している。
そこではみなさん、色んな話をしたり、仕事をしたり、イベントをしたり、本を読んだり、おもいおもいにその刻を過ごしてくれたらいいとおもっている。
すでにおよそ40名ほどのお客さんに来ていただいたが、うっかり「ただいま」と言いかける人が続出していて、コンセプトを”家よりくつろげる家”に変更しようかと真剣に悩むほどのくつろがれっぷりに内装監修のKIROHIYの心は日々湧っき湧きだ。
実際にはじめてみるまではわからなかったが、どうも”癒し”効果があるらしい。
日々のお仕事、学校、人間関係、ひっくるめて人生などなど疲れてしまった方は是非一度覗きに来て欲しい。
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というわけで、『刻刻』という言葉には、結構想いが込められている。
ゆるく三つにまとめてみる。
誰が刻刻にしようと言い出したのかは忘れてしまったが、
”時”ではなく”刻”と表現するところが私たちごとながら結構気に入っている。
つまり一つ目は、単純に時よりも刻の方がかっこいいこと。
なんか侍感があると勝手に思っている。
要は侍のように日々真剣に生きようって想いが込められているのである。(こじつk)
次に意味を調べてみると、どちらも時間の単位として用いられているが、刻の方には”きざむ”という意味が込められている。同時に、”むごい”とか”ひどい”とかいう意味もあるらしいが、そこも含めて気に入っている。
(なんか、意味の上でも侍感があるな)
つまり是非皆さんには、『刻刻』で過ごした時間や、得た気づきを、むごいほど胸に刻んで帰って欲しいのである。
最後にちゃんとしたコンセプトとして、「あなたの刻とだれかの刻が交わるところ」という想いが込められている。
ちょっと振り返ってみて欲しい。あなたの人生にも、Kazumasaばりの”あの日あの時あの場所で”みたいなことはなかっただろうか?
最近流行り始めた言葉を使えば「セレンディピティ」とか「シンクロニシティ」と言ったりする。
簡単に言えば誰かとの偶然の出会いがうっかり人生を変えてしまうみたいなことである。
かくいう私も、ラオスのゲストハウスで、「日本に帰国するかー、インドに向けてさらなる旅を続けるかー」と悩みに悩んで、結局帰国を選択した結果、空港からその足で向かった岐阜のとあるコミュニティスペースにて、うっかり今の会社の代表と出会い、うっかり就職し、うっかり富士山っ子が福岡は天神のおしゃスペースでこんな文章を書くためにマックブックをブイブイいわせているのである。
帰国が1日でもズレていればそんなことはあり得なかった。
そんな一つ一つの選択や瞬間を紐解いていけば、
あのとき、インドを選択していたら、
とか
あのとき、お父さんがお母さんの固いガードを飛び越えてアタックに成功しなかったら、、、
とか
あのとき、じいちゃんとばあちゃんが畑でやいのやいの、、、(冗談よ)
とか
もういよいよ自分ごとじゃないとこまで遡っていくことになっていくんだわ。
あながち冗談じゃない冗談はさておき
そうやって紡がれてきたあなたの刻。つまり今。「最先端のあなたの刻」
と
同じくとんでもない数の選択の上に成り立っているだれかの刻。「最先端のだれかの刻」
が
交わるのよ!!!
さっきの法則でいくと
それって十分お互いにとって重要な出会いなんだけど、もうあんたたち2人の問題でもないよ! それはなにも色恋沙汰だけじゃなくて、一緒に何かことを起こしたり、ともに何かを解決したり、何が起きるかはわからないよ。
もうわけのわからんサイズの可能性と可能性が交わるのよ!
この刻刻で!!!
そしてね、ここからはじまるのよ。
”誰かと交わった”が入ったあなたの人生が。
それは、あなたの”これから”であり、相手の”これから”であり、その先にいる無数の人々の”これから”よ。
刻刻ってそういう場所なのよ。
なんでそうだって言えるかっていうとね。
今この瞬間、かちゃかちゃしてるこの瞬間。
このおしゃスペースに来てみたものの、周りの人はみーんなパソコンとにらめっこで、全然交わる隙が無いからなのよ。
流行りの”コワーキングスペース”っていう同じ空間にいるのに
これじゃあ”個ワーキング”だなっつって。
ほんとはCOだから”一緒に”みたいな意味なのにねっつって。
刻刻風に言えばよ、
時は共有してるかもしれんけど、刻は交わって無いのよ。
なんかさ、せっかく同じ場所にいるのに寂しいなとか、虚しいな、とかがっかりやなとか思うのね。
顔は合わせてても出会えてないのよ。
そんな悩みや侘しさを抱えている人って多いんじゃないかな。
都会に行けば行くほどそれは顕著よね。
もったいないしさみしいよ。
でもね、刻刻は違うよ。
もちろん集中したい人は、集中できるようにもなっているよ。
でも、誰とも話さずに入ってきて出ていくはないよ。
言っちゃえば話さざるを得ない状態がある。笑
それが嫌な人はコワーキングスペースいってくれたらいいわな。
だからさ、長くなったけど言いたいことはシンプルよ。
「とりあえず来てみて」

みなさんのお越しをゆるりとお待ちしております。
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